死に関することば-10

死に関することば-10

死に関連することばあれこれ
(神懸かり、無宗教、愁傷、終焉、娑婆)


その意味をよく知らず、やり過ごしたりしがちな、普段使わない葬儀用語や死にまつわることばの意味を考えます。

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【神懸かり(かみがかり)】:
神霊が人の体に乗り移ることやその状態になった人のことをいいます。憑依や神宿り、憑き物などと言ったりもします。狂言的な言動をする人のことを言ったりもします。   

【無宗教(むしゅうきょう)】:
現在の葬式は仏式、神式、キリスト教式で行うことが主ですね。無宗教葬となると、僧侶も牧師も招かれることはなく、宗教の儀式にのっとったことは全くしません。亡くなった故人の意向や遺言などを尊重されるため多様なものとなり儀式の形式はこれといって定められたものはないのです。

もともと現在の日本人は宗教にそれほど固執してはいないのですが、葬儀となるとやはり宗教に従うところが常識となっていますね。しかし無宗教葬とはいっても葬儀の進行では献花や献灯、弔辞のように故人との思い出を語ったり、好きだった音楽を流したり、遺族からのあいさつがあったりと、やはり故人を悼む気持ちで送る姿勢は同じように思えます。   

【愁傷(しゅうしょう)】:
お悔やみを述べるときに使う挨拶で「本日はご愁傷様でした」と言ったりしますが、この愁傷は嘆き悲しむ、相手を気の毒に思うという意味があります。相手を慰め、いたわる言葉ですね。   

【終焉(しゅうえん)】:
命がまさに終わろうとする死に際のことをいいます。晩年を穏やかに過ごして息を引き取るときによく使われる言葉です。世俗を離れて余生を静かに過ごすことを言ったりもします。「彼は60歳の終焉を迎えることを知っていたかのようだった」などというように使います。   

【娑婆(しゃば)】:仏教語。さまざまな苦しみに満ちている俗世間のことをいいます。この世は煩悩に満ち溢れている内側と、苦しみを耐え忍ばなければならない外側でできています。江戸時代には遊郭である吉原を「極楽」に見立てたところから、外の世界を」「娑婆」と言いましたが、拘束されている女郎からすれば、吉原の外の、いわゆる「娑婆」には自由な世界があるため反対の意味で使われるようになり、現代では自由を束縛されている刑務所や軍隊などから見て、外の自由な世界を娑婆と言ったりしています。

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